その5 ええ師匠

この話は初高座の前のお話です。笑福亭鶴二師匠に正式に入門したのは、4月1日からです。でもこの頃は世間では、新型コロナウイルス感染拡大で人の移動が中々難しく、半分近くはLINEでのお稽古でした。ひと月が経った5月頃に1度目の関門がやってきました。

弟子入り修業では落語だけで無く、師匠の身の回りの御世話や、師匠の家のお掃除や皿洗いや拭き掃除等、多岐に渡ってやらなければなりません。学生時代にはほとんどやった事が無かったので、注意される事が多かった様です。弟子時代は注意されてなんぼ、怒られてなんぼの世界やと私は思うのですが、本人は辛かった様で、段々師匠の元へ通うのが嫌になって来ていました。ゴールデンウィークの最終日の朝、夢二が「今日は体調が良く無いので休ませて下さい」と師匠に電話をしたと言うので、「えっ、熱有るんか?」と直ぐに体温を測りましたが平熱でした。何で休むと連絡したのか聞くと、怒られてばっかりで自信を無くしたと言うので、「弟子入りしてまだひと月しか経って無いのに、誰でもキチンと出来る人はおらんで!」と言っても本人の耳には入りませんでした。

鶴二師匠に御詫びの連絡をして、時間を掛けて説得しますと伝えましたが無理でした。2度目の電話の時に師匠から「ビールでも飲みながらお話しましょう」と御誘い頂き、夕方、師匠のご実家の「みさを寿司」さんへ行きました。師匠は既に来られて座っておられました。「本日は本当に申し訳ございません。」と御詫びすると「いえいえ、わざわざ来て頂きありがとうございます。」と優しく迎えて下さいました。

「夢二は今まで人との関わりが少なく、人に慣れていかないといけません。ゆっくりゆっくりで良いので、徐々にやって行きます。弟子に取った以上は、彼が来る限りは私が面倒をみます。」と仰って頂きました。改めて鶴二師匠に弟子入りさせて頂いて良かったと心より思いました。その頃私の家では、妻がパートから帰って来て今日の顛末を夢二から聞き、辛い事、出来ない悔しい事、色々聞いて挙げて、本人も思いを聞いて貰えて落ち着いた様です。本人も「俺、頑張るわ」ってなったそうです。その時には私は家には居ません。「お父さんは?」ってなった時に、「師匠に呼ばれて『みさを寿司』に行ったで!」

「ヤバイ、俺辞めさせられるんや!」って思ったそうです。「お母さん、俺、師匠とこに謝りに行くわ」。高槻の自宅からみさを寿司迄は1時間半程掛かります。鶴二師匠と私がみさを寿司さんで「これからも宜しくお願い致します。」、「夢二が私の元に来る限りは、面倒をみます」と言って頂いた少し後に夢二がやって来ました。「師匠、今日は申し訳ございませんでした。」、「分かった、分かった、気にせんでええよ」と抱きしめてくれました。ホンマにええ師匠です。

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それ行け! 夢二!!